刑法平成7年第1問

甲は,乙から「強盗に使うのでナイフを貸してくれ。」と依頼され,これに応じてナイフを乙に渡した。その後,乙は,丙・丁に対し,「最近,知り合いのAが多額の保険金を手に入れたので,それぞれがナイフを準備してA宅に強盗に押し入ろう。」と持ち掛け,三名で計画を立てた。ところが,乙は,犯行当日の朝になって高熱を発したため,「おれはこの件から手を引く。」と丙・丁に電話で告げて,両名の了承を得た。しかし,丙・丁は予定通り強盗に押し入り現金を奪った。

甲および乙の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。

 

◇答案構成◇(再現)

一,乙

  1,持ち掛け計画→丁・丙強盗

    強盗罪の共同正犯のよう

  2,「手を引く」・・・離脱か

    共同正犯。相互利用補充で自己の犯罪

    犯罪は(実行)行為→因果関係→結果

    因果関係を切断→以降の責任なし

  3,乙は

    首謀者

    電話で告げて了承を得ただけじゃ

  4,強盗共同正犯

二,甲

  1,幇助行為。従属性

    正犯はok

  2,丙・丁がナイフを使ったら

  3,使わないと

    心理的幇助にもならん

 

◆答案◆(直後に再現)

一,乙の罪責について

1, 乙は丙・丁に強盗に押し入ることを持ち掛け,その結果丙と丁とがA宅に強盗に押し入った。そこで乙には強盗罪(236条1項)の共謀共同正犯が成立するかのようである。

なお,共同正犯とは2人以上が共同して1つの犯罪を実行する場合である。したがって直接実行行為をしなかった者も,主導的役割を演じた者は共謀共同正犯として共同正犯になると解される。乙は,話を持ちかけているので,主導的役割を演じているといえ,共同正犯となり得る。

2, しかし本問では,乙は犯行当日の朝に電話で「手を引く」と告げ,了承を得ているので,乙は共謀関係からの離脱が認められないかが問題となる。

共同正犯は,相互利用補充関係により,他人の行為を道具として利用することにより自己の犯罪を実現する正犯である。犯罪は行為から因果関係を経て,結果が発生することにより既遂となる。因果関係を切断できれば,離脱が認められ,それ以降の責任を負わない。

3, 本問で乙は,話を持ち掛けて3名で計画を立てているので,この強盗の計画の首謀者である。乙がいなければ,そもそもこの計画は存在しなかった。

したがって,乙が電話で手を引く旨を告げて丙・丁の了承を得ただけでは,乙が話を持ち掛けたことからの因果関係は切断されないと解される。

したがって,離脱は認められない。

4, よって,乙は強盗罪の共同正犯となる。

二,甲の罪責について

1, 甲は乙に,強盗に使うためにナイフを貸しているので,幇助犯(62条1項)が成立しないかが問題となる。

幇助とは,正犯の犯罪実現を容易ならしめることである。ナイフを貸すのは,強盗を容易ならしめる行為であるから,幇助行為をしているといえる。

幇助犯とは「正犯を幇助」する犯罪で,構成要件に該当し違法な正犯がなければならない。本問ではナイフを貸した相手の乙が強盗罪の共同正犯であるから,正犯は存在する。

2, 本問では,貸したナイフがどうなったかは必ずしも明らかではないが,もし乙が丙・丁に預けておいて,それが犯行にも利用されたのであれば,強盗を容易ならしめたことになるので,強盗罪の幇助罪が成立する。

3, もし利用されなかった場合は,結果的には犯罪を容易ならしめることができず,幇助したことにはならず,幇助犯は成立しないと解する。

なぜなら,幇助は因果関係が存すれば心理的幇助でもよいが,この場合はたとえ乙がナイフを丙・丁に見せていたとしても,それによって決意が強められるようなことはなく,心理的幇助にすらならないと解されるからである。

したがって,その場合は犯罪は成立しない。

以上。

 

 

 

刑法平成7年第2問

甲は,実在の弁護士と同姓同名であることを利用して金銭をだまし取ろうと考え,請求者欄に「弁護士甲」と記入した上,自己の印鑑を押して報酬請求書を作成し,これを甲弁護士が顧問をしているA会社のB経理部長に郵送して,自己名義の銀行口座に請求金額を振り込むように指示した。不自然に思ったBは,甲弁護士に問い合わせて,虚偽の請求であることを知り,振り込まないでいたところ,甲が執ように催促の電話をかけてきたので,金額もわずかであり,これ以上関わり合うのは面倒であると考え,請求金額を指定された銀行口座に振り込んだ。

甲の罪責を論ぜよ。

 

◇答案構成◇(再現)

一,「弁護士甲」との請求書

  1,偽造の要件

  2,義務の書類

  3,名義の冒用か

    作成者も甲

    文書の作用との関係

      作成した者が弁護士の肩書付き

      作成者はちゃんと存在する弁護士甲

    本問は後者

  4,成立する

二,使用

三,だまし取ろう

  1,詐欺の要件

  2,欺罔

  3,交付

  4,錯誤

四,罪数

 

◆答案◆(行使罪の行使の定義までは,直後に再現)

一,1, 「弁護士甲」名義の報酬請求書を作成した点については,私文書偽造等の罪(159条1項)の成立が問題となる。

本問で問題となる構成要件は,行使の目的で偽造した他人の印章を利用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書を偽造することである。

2, まず,報酬請求書が権利,義務若しくは事実証明に関する文書であるかが問題となる。

この点,報酬請求書は相手方をして報酬請求義務があると思わせる文書であるから,義務に関する文書であるといえる。

3, 次に,偽造した他人の印章を利用して文書を偽造したといえるかが問題となる。

偽造とは,他人の名義を冒用することをいう。ところが本問では,文書の名義は甲であるが,作成者も甲という名であるので,名義の冒用とはいえないのではないかが問題となる。

同じ甲という名義を使っていても,弁護士たる甲の名義を使っているなら,作成者も甲であっても,名義の冒用になる。その区別は,その文書が,その作成者は甲自身であり,ただその者に弁護士という肩書きがあるという形の文書であるか,あるいは作成者は別に存在する弁護士甲というものであることを前提とする文書であるか,という点に求めるべきである。

本問文書は,弁護士甲の顧問先のA会社のB経理部長への報酬請求書であるから,これは作成者は弁護士甲であることを前提とする文書であるので,単に肩書きを偽っているだけでなく,弁護士甲の名義を冒用している者といえる。

4, したがって私文書偽造等の罪が成立する。

二,1, 甲は偽造した文書をBに郵送したので,偽造文書等行使罪(161条1項)の成立が問題となる。

2, 私文書等偽造罪の構成要件は,偽造した文書を行使することである。

行使するとは,文書を一般に見られる状態にすることである。

本問で甲は,偽造した文書である報酬請求書をBに郵送し,Bはそれを受け取っているので,行使があったといえる。

3, したがって偽造私文書等行使罪が成立する。

三,1, 甲は,A会社に報酬を請求する権利がないのに請求し,自己の銀行口座に振り込ませているので,詐欺罪(246条)の成立が問題となる。

ただ,この場合,Bは財物たる金銭を振り込んでいるが,その結果は,甲の銀行口座の残高が増えたので,1項詐欺と2項詐欺のいずれの問題であるかが問題となる。

この点私は,被害者は財物たる金銭を失っているので,損害は特定財産の喪失であるから,1項詐欺の問題となると解する。

2, 1項詐欺罪の構成要件は,人を欺いて財物を交付させることである。

人を欺くとは,財物の交付に向けられた欺罔行為をすることである。交付は,欺罔行為に基づいて錯誤に陥り,交付することである。そして,欺罔行為と交付の間には,欺罔に基づき錯誤に陥り,交付したという因果関係が必要である。

3, 本問では,甲は,報酬として振り込みをさせようとして,A会社の顧問弁護士である甲の報酬請求書を偽造してA会社に郵送し,また,執ように催促の電話をしているので,財物の交付に向けられた欺罔行為があったといえる。

しかし,Bはそれが虚偽であることを知り,ただ面倒だと考えて振り込んだのであるから,錯誤に陥っておらず,詐欺罪にいう交付はなかったといえる。

したがって,1項詐欺罪は未遂犯(43条)である。

以上。


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