代理名義の冒用と文書偽造罪の成否[昭和38年第2問]
答案構成
1.名義を偽っていないのではないか
2.有形偽造・無形偽造
形式主義・実質主義
現行法の態度
3.代理名義文書の名義
4.表見代理の場合
--答案--
一、代理名義文書というのは、代理人が作成したという形式の文書である。とすると、たとえ真実は代理権を有しない者が代理名義を冒用したとしても、代理人としてその文書上に現われた作成者と実際の作成者とが一致する限りにおいては、名義の冒用はなく、偽造罪は成立しないのではないかが問題となる。
二、ここで、偽造罪にいう偽造とは何かが問題となる。
偽造という概念には、有形偽造と無形偽造とがある。有形偽造とは、作成権限のない者が他人名義の文書を作成することである。無形偽造とは、作成権限を有する者が真実に反した内容の文書を作成することである。
有形偽造を罰する考え方が、形式主義である。これは、文書の作成名義の真実を保護しようとする考え方である。これに対し、無形偽造を罰する考え方が、実質主義である。これは、文書の内容の真実性を保護しようとする考え方である。
現行刑法は形式主義と実質主義のいずれの考え方を採用しているであろうか。この点につき、実質主義を採用したものとする説もある。しかし、特に重要な場合に限定して「虚偽の文書」などにつき、作成等を処罰している(156条、160条)ことに鑑みると、原則として有形偽造を処罰する形式主義を採用していると解される。形式主義を採用する理由としては、文書偽造罪は取り引きの安全を保護するために設けられた罪であるところ、そのためには文書の責任の所在に偽りのないことがもっとも重要であるということが考えられる。
したがって、文書偽造罪にいう偽造とは、文書の作成名義を偽ることをいうと解すべきである。
三、代理名義を冒用した文書においては、前述したように、文書を作成した者自身の名前が出ているので、作成名義を冒用しているとはいえず、文書を偽造したとはいえないのではないかが、問題となる。
この点、代理名義の冒用は作成名義を偽ったものではなく、文書の内容を偽ったものであるとして、偽造にはならないとする説もある。
しかし、前述したように、文書偽造罪において形式主義が採用されたのは、文書の責任の所在に偽りがないことが重要だからである。そして、代理文書は、その責任は代理人ではなく、本人に帰属するという形式の文書である。とすると、代理文書においては、文書の信用に重きを置く文書偽造罪の関係では、本人が作成名義人であると解すべきである。判例もこの様に考えている。
このように考えると、代理名義を冒用した場合にも、文書偽造罪が成立する。
四、なお、代理名義を冒用した場合にも、それが表見代理となる場合には、民法上本人に責任が帰属するので、文書の責任の所在を偽ったことにならず、偽造にはならないのではないかとの問題もある。
しかし、表見代理も無権代理の一種であり、ただ、善意無過失の第三者を特に保護する制度である。また、表見代理が成立するかは相手方の主観的態様によるのであり、常に効果が本人に帰属するものではない。したがって、表権代理が成立する場合も、文書偽造罪は成立すると解する。
以上。